PPPlifePPP
PPPvichのたるたるとした日々の中で、発見したおもしろい物・事や、そこで思ったことや感じたことを書き留める。
なくし続ける日々
先日カメラを失くしました。おそらく、場所は、ラ・ヴィレット公園。日が落ちると野外の映画が上映され、その際になくしたと思われます。
ちなみに、そのとき見た映画は『Lost in Translation』
これもまた何かの紛失。
その後、ある人に別れを告げる。
べつにこれは紛失ではないんですが、空虚になるという意味では、まぁ近いものもあるかもしれない。
そういえば、この時期、お別れパーティーが多い。7月だけで何度行ったことか。日本に帰るとなかなか会えないものなのだろうな。
先日日本の知り合いに郵便物を送ったさい、中のものの半分を没収されてしまいました。
ついてないついてない。まったくついてない。
そして、今は、どんどんとパリでの時間が失われていくとき。そこいらで遊ぼうとかも思うんですが、それ以前に、このパリ生活、勉強という勉強をしていなかったので、帳尻あわせをするかのように、勉強をする。この緊張感がはじめからあればと思いつつ、後悔先に立たずで、今の現状です。
中学生のとき、塾の先生が「人間は生まれたときから死に近づいている」と言っていた。
なんだろう、もしかしたら自分も、ヴァーチャル平成人間なのだろうか、
自分の人生にも、スタートがあって、右肩上がりでクライマックスに向かい、そして最後は静かに終わっていく、というような、映画のような流れを想像していた。パリ生活もしかり。
パリ生活は、パリに来たときから終わりに向かっていたのだ。でも、それに気がつかず、クライマックスに向けててっきり自分は前進しているものだとばかり思っていた。逆だった。常に終わりに向けて転がっていたのだ。
三半規管というのはそれだけでは役に立たないもので、視覚をともなって、人間は自分の水平感覚を感じとることができるらしい。急な坂があるとする。その坂の麓からなだらかな坂にかわり、また急な坂になり、またなだらかに。これらがいくつか繰り返され、坂の上にたって坂を見下ろすと、なだらかな坂の部分は上り坂のように見えるらしい。
その場にいると、実際自分がどういう状況なのかわからないものだ。実際、歩いてみて、振り返ったときにはじめて自分のおかれていた状況がわかってくる。そして反省する。ときには後悔。
ちなみに『Lost in Translation』だが、見たのは2度目。何年か前に日本で見たのがはじめjて。あまり好きな映画ではなかった。ステレオタイプすぎる日本の演出がどうも好きになれなかった。
しかし、パリで見てみると、それは日本だった。 外国人から見た日本はこういう風に見えるのだろう。
その地に住むと、最初は大まかな情報しか見えないが、しだいに細かい情報までもが見えてくる。例えば、道におちてるウンコとか。パリにはウンコが多い。だから、僕のパリの真実の一部にはウンコがある。
きっと日本に対してもそうだったんだろう。日本の細かい情報を組み合わせて、僕の日本という認識があったのだろう。しかし、今日本を少し離れてみて、もっと大きな情報だけを純粋にくみ取ることができるようになった。日本に帰ってしばらくすれば、この感覚は消え失せるのだろうが。
プレッシャー、いや、反省と後悔か
1年間のパリ生活も残すところ1ヶ月半。
あっという間だ。1年間がこれだけ短く感じられたのはじめてだ。
最近は、日本に帰ることがプレッシャーで仕方ない。
理由はいろいろあるが、一番は研究室への恐怖である。
他大学から今の大学院へ進学した自分。たった3ヶ月ほどの在籍でパリへ留学。大学院のことから研究室のことまで今だに何も知らない。ただ、研究室の面子はみなさんできる人ばかり。自分はというと、ついていくだけで必死で、というか、ついていけてないかもしれないくらいのダメ人間。
確かに留学はよかったが、留学し日本を離れたため、日本の事情がよりわからなくなり、それへの不安でいっぱいいっぱい。毎日押しつぶされそうです。
でも、そう思うのはなぜか。
実際、このパリ生活で自分はいったい何をしたのだろうか。思い返すと、何もしていない。1年間ののんびり旅行か。旅行ならまだよかったかもしれない。ただただパリにいただけかもしれない。
得たものは確かにたくさんあるが、それが研究へと直接つながる気がしない。
あれもできた、これもできた、なんでしなかったんだ、と反省する日々。反省ならまだ良い、後悔かもしれない。
と言いつつも、いろんな物事に今だに逃げていく自分。ダメ人間だ。
残りの1ヶ月半は、そんな反省と後悔を帳尻合わせしていく日々なのだろう。
これらに加えて、パリから離れたくないという願望もあり、
日々、睡眠できません。
あっという間だ。1年間がこれだけ短く感じられたのはじめてだ。
最近は、日本に帰ることがプレッシャーで仕方ない。
理由はいろいろあるが、一番は研究室への恐怖である。
他大学から今の大学院へ進学した自分。たった3ヶ月ほどの在籍でパリへ留学。大学院のことから研究室のことまで今だに何も知らない。ただ、研究室の面子はみなさんできる人ばかり。自分はというと、ついていくだけで必死で、というか、ついていけてないかもしれないくらいのダメ人間。
確かに留学はよかったが、留学し日本を離れたため、日本の事情がよりわからなくなり、それへの不安でいっぱいいっぱい。毎日押しつぶされそうです。
でも、そう思うのはなぜか。
実際、このパリ生活で自分はいったい何をしたのだろうか。思い返すと、何もしていない。1年間ののんびり旅行か。旅行ならまだよかったかもしれない。ただただパリにいただけかもしれない。
得たものは確かにたくさんあるが、それが研究へと直接つながる気がしない。
あれもできた、これもできた、なんでしなかったんだ、と反省する日々。反省ならまだ良い、後悔かもしれない。
と言いつつも、いろんな物事に今だに逃げていく自分。ダメ人間だ。
残りの1ヶ月半は、そんな反省と後悔を帳尻合わせしていく日々なのだろう。
これらに加えて、パリから離れたくないという願望もあり、
日々、睡眠できません。
la collection à Paris
もつべきものは、やはり友です。服飾の事務所で研修生をしている、マリコちゃんからBernhard Willhelm(ベルンハルト・ヴィルヘルム)の、コウタロウさんからGustavolins(グスタボリンス)のコレクション発表の招待状をもらうことができた。
服飾については何も勉強したことがないので、ただのミーハーであるが、せっかくパリにいるのだから、ということで、ワクワクしながら見に行ってきました。


ベルンハルトの会場内風景
2008年6月29日、日曜日、12時、場所はPalais de la Bourse(パレ・ドゥ・ラ・ブルス)。訳するなら、証券取引所広場。今は模様物会場として使われており、現在の証券取引所は、そこより少し南に位置している。現在のものも、折衷主義的古典主義の建物ではあるが、街中に突如現れる円形ドーム型の建物はなかなかおもしろいです。興味のある方は是非。
今回のベルンハルトの発表は、2009年春夏もの。テーマはルネサンス。印象としては、ルネサンスというよりも、王様の余暇という感じであったが、ルネサンスの持つ、おそらく、新しい表現(実際には古典回顧だが)への開花というような雰囲気は持っていた。その派手さが、自分にとっては王様だったのだが。しかし、実際に、服の模様などは、ルネサンス期のデザインなどが、そのまま引用されていたようだ。
会場も、シャンデリアのある華やかは部屋で、昼間におこなわれたため窓からは太陽の光が差し込み、豪華ながらも、どことなくのんびりした雰囲気が漂っていた。
ベルンハルトは、90年代後半に日本で流行したW.&L.T.(ウォルト)のデザイナーであるWalter Van Beirendonck(ウォルター・ファン・バイレンドンク)の弟子である。なるほど、色使いの派手さなど、よく似ている。会場にはウォルター自身も足を運んでいた。ウォルターは服のデザインとは違い、ごっついいかつい、軍人にいそうなオッサンだった。


グスタボリンスの会場内風景。2枚目左のモデルは富永愛。
2008年7月1日、火曜日、16時半、場所は、パリ市1区のEspace Hérold Zéro 7(ヘロルド通り、ゼロ7ギャラリー)で行われた。天上の赤い鉄骨がむき出しになった、ワインセラーを改装したかのようなギャラリーだった。
グスタボリンスは、ブラジル人デザイナー、Gustavo Lins(グスタボ・リンス)のブランド。オートクチュールのブランドらしく、発表点数も18点とそんなに多くなかった。
会場内には陶器でつくられた服の一部分のようなものが展示されており、今回の服には、陶器のような質感を持った曲線が表現の中に組み込まれていたと思う。全体的に黒や灰色、白などのシックな色におさまっており、そこまで派手でもなく、ちょっと派手なパーティーになら着ていけそうな服ばかり。ま、それ以前に自分には高価で手が出ませんが。
おそらくちょっとお金持ちなマダムが着るような服なのだろう。観客も年齢層が少し高かったように思う。服というよりも布をまとうという感じだ。ドレスなのだろうが、日本人の僕から見れば、忍者っぽい、浴衣っぽい、卑弥呼っぽい感じもしないでもない。でも、ストンと落ちてるなかに微妙に曲線の交じる、きれいなドレスだった。
6月下旬まで男性服、7月から女性服の発表がおこなわれていたパリコレ。最初、日本の神戸コレクションのようにお祭りのようなものを想像していた。しかし、実際は、大抵は各ブランド個別に行われ、発表点数も30点前後、時間にして20分程度。開場してさっと人が入ると、さっとモデルが歩き、それでおしまい。チケット性ではなく、基本的には招待状をもらい入場する。つまり、バイヤーや、メディア、服飾関係者への、内内のお披露目なのである。よってお祭りではない。
2度見たが、そのさっと終わっていく潔さはすごく見ていて気持ちがいいし、見れる瞬間が短いだけに集中力も高まる。モデルの歩くスピードも案外早く、観客にとって仕入れることのできる情報量はわずかなものだろう。その短い時間で、世界の服の流行が左右されていくのだろうと考えると、おそるべき時間だ。
もっと大手のブランドの発表になれば会場も大きくなるだろうし、観客も多いだろうが、要領はほぼいっしょらしい。観客の服装も、ばっちりと思いきや、みんな普段着。ジーパン、Tシャツ、サンダル。さすが服飾関係者だけにポイントをおさえた感じで個性的ではあるが、決してパーティ感覚ではない。さっと来て、さっと見て帰る。気持ちがいいですね。
服飾については何も勉強したことがないので、ただのミーハーであるが、せっかくパリにいるのだから、ということで、ワクワクしながら見に行ってきました。


ベルンハルトの会場内風景
2008年6月29日、日曜日、12時、場所はPalais de la Bourse(パレ・ドゥ・ラ・ブルス)。訳するなら、証券取引所広場。今は模様物会場として使われており、現在の証券取引所は、そこより少し南に位置している。現在のものも、折衷主義的古典主義の建物ではあるが、街中に突如現れる円形ドーム型の建物はなかなかおもしろいです。興味のある方は是非。
今回のベルンハルトの発表は、2009年春夏もの。テーマはルネサンス。印象としては、ルネサンスというよりも、王様の余暇という感じであったが、ルネサンスの持つ、おそらく、新しい表現(実際には古典回顧だが)への開花というような雰囲気は持っていた。その派手さが、自分にとっては王様だったのだが。しかし、実際に、服の模様などは、ルネサンス期のデザインなどが、そのまま引用されていたようだ。
会場も、シャンデリアのある華やかは部屋で、昼間におこなわれたため窓からは太陽の光が差し込み、豪華ながらも、どことなくのんびりした雰囲気が漂っていた。
ベルンハルトは、90年代後半に日本で流行したW.&L.T.(ウォルト)のデザイナーであるWalter Van Beirendonck(ウォルター・ファン・バイレンドンク)の弟子である。なるほど、色使いの派手さなど、よく似ている。会場にはウォルター自身も足を運んでいた。ウォルターは服のデザインとは違い、ごっついいかつい、軍人にいそうなオッサンだった。


グスタボリンスの会場内風景。2枚目左のモデルは富永愛。
2008年7月1日、火曜日、16時半、場所は、パリ市1区のEspace Hérold Zéro 7(ヘロルド通り、ゼロ7ギャラリー)で行われた。天上の赤い鉄骨がむき出しになった、ワインセラーを改装したかのようなギャラリーだった。
グスタボリンスは、ブラジル人デザイナー、Gustavo Lins(グスタボ・リンス)のブランド。オートクチュールのブランドらしく、発表点数も18点とそんなに多くなかった。
会場内には陶器でつくられた服の一部分のようなものが展示されており、今回の服には、陶器のような質感を持った曲線が表現の中に組み込まれていたと思う。全体的に黒や灰色、白などのシックな色におさまっており、そこまで派手でもなく、ちょっと派手なパーティーになら着ていけそうな服ばかり。ま、それ以前に自分には高価で手が出ませんが。
おそらくちょっとお金持ちなマダムが着るような服なのだろう。観客も年齢層が少し高かったように思う。服というよりも布をまとうという感じだ。ドレスなのだろうが、日本人の僕から見れば、忍者っぽい、浴衣っぽい、卑弥呼っぽい感じもしないでもない。でも、ストンと落ちてるなかに微妙に曲線の交じる、きれいなドレスだった。
6月下旬まで男性服、7月から女性服の発表がおこなわれていたパリコレ。最初、日本の神戸コレクションのようにお祭りのようなものを想像していた。しかし、実際は、大抵は各ブランド個別に行われ、発表点数も30点前後、時間にして20分程度。開場してさっと人が入ると、さっとモデルが歩き、それでおしまい。チケット性ではなく、基本的には招待状をもらい入場する。つまり、バイヤーや、メディア、服飾関係者への、内内のお披露目なのである。よってお祭りではない。
2度見たが、そのさっと終わっていく潔さはすごく見ていて気持ちがいいし、見れる瞬間が短いだけに集中力も高まる。モデルの歩くスピードも案外早く、観客にとって仕入れることのできる情報量はわずかなものだろう。その短い時間で、世界の服の流行が左右されていくのだろうと考えると、おそるべき時間だ。
もっと大手のブランドの発表になれば会場も大きくなるだろうし、観客も多いだろうが、要領はほぼいっしょらしい。観客の服装も、ばっちりと思いきや、みんな普段着。ジーパン、Tシャツ、サンダル。さすが服飾関係者だけにポイントをおさえた感じで個性的ではあるが、決してパーティ感覚ではない。さっと来て、さっと見て帰る。気持ちがいいですね。
ジャパン・エキスポ
Japan Exipo(ジャパン・エキスポ)に行ってまいりました。
日本の祭典という名のコミケです。
一見は百聞にしかず。 いつもたらたら長文書いてるので、今回は写真をお楽しみください。

ゴシック・ロリータと横文字で言うだけのことはある。本場の子がやるとほんまにかわいい。

ワンピースはフランスでも大人気。

ナルトも大人気です。

かわいい。

近々デビューするビジュアル系バンドだそうです。フランスでは今、ビジュアル系が密かにブームです。日本のバンドも輸入されてきてます。

これはコスプレか?ガチャピンのたぐいやろ。

この日出会った一番かわいい子。キティーちゃんが好きで、日本人みたくピースつき。日本語も少ししゃべれるのよ、とトレトレジョリです。めちゃんこかわいい。番号聞けばよかった。

コスプレショーでは舞台の上で、『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングをダンスした3人組。

見事な組み合わせ。ここまでくると、何がジャパン・エキスポなのか。ある意味正しいのか。

この子もかわいいですね。傘をひらいてポーズとってくれました。

帰り際に発見した子たち。かわいいね〜似合うね〜見習え日本人。

最後は、フランスのオタク。
フランスでは今や日本のマンガは文化になりつつあると言ってもいいかもしれない。それくらい人々に浸透している。子供たちは、日本のマンガ、アニメを見て育っている。キャプテン翼を見て、サッカーをはじめたというフランス人もいるくらい。
オタクもL'Otakuといい、そのまま日本語が転用されている。しかし、こちらのオタクは日本でのイメージを持っていない。ある意味、少なくともパリの人のほとんどは何かのオタクであるかもしれない。つまり、だれもが何かひとつはマニアックなほどに好きなものを持っており、それについて熱心に調べたりする。L'Otakuもその類のようだ。もちろん、気持ち悪がられてる側面もあるが、それが顕著ではないのも確か。
しかし、日本のイメージがL'Otakuになっていっている側面もある。それは日本人として阻止せねば。
日本の祭典という名のコミケです。
一見は百聞にしかず。 いつもたらたら長文書いてるので、今回は写真をお楽しみください。

ゴシック・ロリータと横文字で言うだけのことはある。本場の子がやるとほんまにかわいい。

ワンピースはフランスでも大人気。

ナルトも大人気です。

かわいい。

近々デビューするビジュアル系バンドだそうです。フランスでは今、ビジュアル系が密かにブームです。日本のバンドも輸入されてきてます。

これはコスプレか?ガチャピンのたぐいやろ。

この日出会った一番かわいい子。キティーちゃんが好きで、日本人みたくピースつき。日本語も少ししゃべれるのよ、とトレトレジョリです。めちゃんこかわいい。番号聞けばよかった。

コスプレショーでは舞台の上で、『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディングをダンスした3人組。

見事な組み合わせ。ここまでくると、何がジャパン・エキスポなのか。ある意味正しいのか。

この子もかわいいですね。傘をひらいてポーズとってくれました。

帰り際に発見した子たち。かわいいね〜似合うね〜見習え日本人。

最後は、フランスのオタク。
フランスでは今や日本のマンガは文化になりつつあると言ってもいいかもしれない。それくらい人々に浸透している。子供たちは、日本のマンガ、アニメを見て育っている。キャプテン翼を見て、サッカーをはじめたというフランス人もいるくらい。
オタクもL'Otakuといい、そのまま日本語が転用されている。しかし、こちらのオタクは日本でのイメージを持っていない。ある意味、少なくともパリの人のほとんどは何かのオタクであるかもしれない。つまり、だれもが何かひとつはマニアックなほどに好きなものを持っており、それについて熱心に調べたりする。L'Otakuもその類のようだ。もちろん、気持ち悪がられてる側面もあるが、それが顕著ではないのも確か。
しかし、日本のイメージがL'Otakuになっていっている側面もある。それは日本人として阻止せねば。
声とアニメーション

Valse avec Bachir (Waltz with Bashir)
監督:Ari Folman、2007年、88分、ドイツ、イスラエル、フランス、アニメーション
映画を見る。メトロの駅にポスターが貼られていてずっと気になっていた。絵のタッチが好みなのど、元来アニメが好きだからである。
予告を見て、戦争ものだとはわかっていた。外国のアニメーションはどんなものなのか、と軽い気持ちで足を運んだ。
あらすじはこうだ。悪夢にうなされる主人公。それは自身が以前いた戦場(80年代後半のレバノン)を思い出させるものではないかと。そして、戦友たちをまわって、当時の戦場の話をすることで、悪夢の実態を知ろうとする。
このアニメーションはフィクションではない。アニメでありながらドキュメンタリーである。確かに、主人公の悪夢が発端で、それを主人公が戦友を訪ねるという筋書きはあるが、すべての戦友は実際の、80年代レバノンでの戦争の兵士などで、声優は、彼らのインタビューを、声とともに引用している。言うならば、その本人がアニメなだけなのである。
そもそもドキュメンタリーの定義はなんなのだろうか。「真実を・・・」と言われるが、実際は、「制作者の主観と通した、切り取られた真実」である。真実であっても、切り取られた真実の一部でしかなく、視点もある程度定められたものである。そして、それが実写である必要があるだろうか。メディアがアニメであっても結局は伝わるものが同じであるならば、ドキュメンタリーと言えるだろう。
実際の戦争体験者のインタビューを用いたアニメーション。つまり、作画の前にインタービューありきなのだ。アニメーションをつくる際の行程とは逆である。本来、作画と声なしのアニメーションがあり、そこにアテレコしていくものだ。
行程を逆にすることでどういう効果が生まれるか。それは、話の「間」がより現実味を増すのである。確かに、今ままでアニメーションでもきちんと間は計算されている。しかし、言葉と言葉、単語と単語、音と音、それらの間、息遣い、そういう微妙な部分までもが表現されてくるのである。そして、言葉に合わせて、人間のアクションを合わせる。声にアクションを合わせる、どういう表情・行動を描くかは、ハイレベルな作画が要求される。この映画はそれらをクリアしており、緊迫感を持った仕上がりになっていた。
実際、映画館内には100人ほどお客さんがいたが、エンドロールになっても、全員映画に引き込まれており、一瞬だれも立ち上がらなかった。10秒ほどたちちらほらと人も帰りはじめたが、ほとんど人は、エンドロールが終わるまで座り続けていた。

Golliraz / Demon Days
こういった手法が何もこの映画が最初ではない。例えば、イギリスのバンド、Blurのボーカル、デーモン・アルバーンが率いるユニットGollirazで実践されている。Gollirazはアニメのキャラクター達が歌う架空のバンドという設定であるが、実際は、デーモンなどが歌い、曲を演奏している。そういうことから、彼らのライブでは、この手法がとられる。そうすると、より臨場感を持ったアニメキャラクターがあたかも生演奏をしているかのような感じになるのだ。

The World of Golden Eggs、企画、制作 PLUS heads inc.
もうひとつがThe World of Golden Eggsである。日本のアニメーションで、you tubeにもアップされているが、この手法による間を利用して、笑いを表現している。ギャグアニメで人を笑わせる要素と言えば、作画のおもしろさ、言葉のおもしろさ、など直接的なものが多い。間を利用したとしても、それは明らかな間と言えるだろう。しかし、ゴールデン・エッグスの場合、その間が、あたかも漫才を、人の談笑を聞いているかのようなおもしろさなのである。
Valse avec Bachirは、テーマや物語性もよく、戦争についても考えさせるドキュメンタリーとしての役割もきちんとこなしている、いい映画だった。
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