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3か月

入社して早3か月。
もちろんまだまだ新入社員。

新入社員だから仕方ないよね、って言われているうちが花。

言われなくなるころまでに、独り立ち+αしないと、仕事させてもらえないだろうな。


とある本(有名で、流行っている本)に
「新人とは、組織の問題を反映する対象」
と書かれていた。

今自分がぶち当たっている壁壁壁は、会社なり部署になりにある問題なんだろう。

人手が足りていない、システムが機能していない、帰りがおそい、煮詰まる。。。

それでもベテランの人たちはこなしていく。
そんな中で自分は、そんな問題を大いに噴出している。
問題を反映している=問題の塊 であるのだろう。

問題児として見られているだろう。


ルーティーンがようやく人に聞かずにできるようになってきた。
今は、ルーティーンから生じる問題にてんやわんや中。

まずはスムーズにルーティンをこなすこと。

次の3か月はそれを目標とす。
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仕事についてのブログについて

ブログをまたまた随分更新していなかった。

そもそもこのブログは、パリ留学時の生活を記録するものでした。
mixiが嘘と誇張を基本にしているのに対し、このブログは正直に書くことが目的でした。

で、留学が終わり、ブログの目的は。
パリにつながるように、またパリ的見方を日本に置き換えて生活について書くことを心がけてはいたものの、、、

たまの更新。


だから、これからは、仕事について書こうかなと。

今の自分の立ち位置で、日常の中で中心になっている仕事を「仕事」ととらえることはあまり好きではないが、
こういう公の場で、わかりやすく伝えるためには、「仕事」と言った方が手っ取り早い。

「仕事」を書き連ねることで、自分の「仕事」観を伝えればいい。


mixiにはあまり仕事をことを書く気になれない。

俺はこうなったぜ。
こんなこと考えてるぜ。
社会人だぜ。

なんて、適当に学生を送ってきたにわか学生が社会人になったときみたいことを書きたくはない。


学生がよかろうと、仕事がつらかろうと、自分で決めてきた道なんだから、学生時代も今の仕事時代も、分割する理由なんかどこにもあるはずもなく、連続した生活であるはず。

考え方や、行動が変化するのは当たり前。

赤ちゃんと10歳と20歳が同じ行動をするはずがない。ごくごく自然の流れ。


・・・・・・・・・・・・・・

そんな書き出しではじめたので、そのあたりのことについて。

新人研修で決まって言われることが「学生気分からの脱却」だ。
あるコンサル主宰の研修では、「過保護とゆとり教育からの脱却」とまで言い切っていた。
未熟な新人に、未熟である最大の理由となる敵を明示することで、「社会人」になりやすくしている。

正偽は置いておいて、非常にわかりやすい。

「あ、だから俺、学生だったんだ」と思える。


いつ頃、どこが発端かはわからないが、学生は非社会的であり、とりあえず一生懸命生きていないとみなされているようだ。で、社会人は、その反対。


そりゃ、学生と企業人は違う。目指すものが違うから当然だろ。
学生は、研究の道を目指す入り口である。いわば、研究者という社会人の卵であるはず。

つまり、学生も社会人のはず。

ただ実際、お金を支払って学生するわけだから、立場や権利、社会的保障の度合いは異なる。
そのおかげか、朝ゆっくり起きて、遅刻してもあまり怒られない。
信用をなくしても、よっぽどでない限り、卒業まで保障されている。

それが学生気分で言われる要因のひとつだろう。


じゃぁ、素直に会社は時間を守らないと後がないところですよ、と言えばよし。
わざわざ敵をつくって、学生そのものを否定する必要がどこまであるんだろうか。
コンサルの人たちは、学生時代に嫌なことでもあったんだろうか。

わかりやすいけど、どこが筋違いなところが少し気になる。

良い方法だとは思うけど、これが長続きして一般化されてしまうことには危機感を覚える。

となると、「学生」と「社会人」をうまくつなげることを考えないと。

それは学問分野が連続している、ということではなく、もっと根本的なスタンスのところでつなげないと。
大学側も、就職率の良い学生を育てたいなら、そういう部分を思案するべきだろう。
それはたんに、早寝早起き無遅刻無欠席有言実行自己責任というのではなく、もっと、何か。
わかんないけどさ。
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見直し

だれかが、大人の定義は「覚悟」と言っていた。覚悟のできる人間は大人だという。
最近の缶コーヒーBOSSの広告には
「大人になると、大人になれると思ってた」というコピーがついている。
今さらな言葉だが、そういうことを聞くたびに、そうだなと思う。

26歳なんて大人だと思ってた。
でも、けっこう心は19歳くらい。
大学入学時からあまり変わってる気がしない。
原因は僕がまだ学生だからと思う。もう少しきちんと言うと、学生という立場から変化していないから。

でも、先日姉に、
「あんたもう26なんだから、体力とか健康とか気にしいや」
と言われた。そこで、なんとなく26歳であることに気がついた。

でも、心が19歳だからと言って社会のことを何もわかっていないわけではない。
もちろんわかってるわけでもないが、それなりの変化は本当の19歳の頃とは変わっている。

つまり、自分が変化することが大人になっていくこととイコールではないと自覚しているわけです。

僕よりも3つ年下の後輩で、すごく尊敬できる人がいる。
彼は、パリの大学に正規学生として入った。
建築という専門分野にいるため、将来は建築家を志している。

彼はこう言う
「自分は日本の大学を出ていない。
だから、パリの大学卒業後に日本のコミュニティーに属するには困難である。
だからと言って、僕は日本人だから、フランスで馴染むのにも苦労がいる。
でも、この大学を出れば、フランスでの資格は得られる。
僕に残された道は、ここしかない。だから、ここでがんばるしか道は無い。
日本に帰るためにも、ここで結果を出さないといけない」

この言葉を聞いたとき、その覚悟の大きさに衝撃を受けた。

この姿勢に憧れたが、自分がそれを見習うだけの覚悟がまずできなかった。
ちっぽけだなと思った。

フランスではこういう出会いが大変多かった。
だから、帰国したときは、人生で一番ちっぽけになって帰ってきた。
その後、ちっぽけになりすぎて、何もできなかった。
しばらくたって、これじゃぁダメだなと、少し覚悟ができるようになった。
そう導いてくれたのも、尊敬する別の友達だった。

最近また、そろそろ覚悟の時期だなと思う。

P.S.
でも、社会人になるからこう思うわけではないですし、そう信じたい。
良い友達に恵まれていることが、そう思わせはじめてるのかなと思う。
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蛇足日記かっこいい生活

「かっこいい生活」というのを意識しだすようになってます。
いつごろからだろう、少なくともここ3年以内くらい。
たぶん、デザインという言葉をきちんと知り始めてからだと思う。

流行を追いかけたり、もてはやされたりする生活を「かっこいい生活」と言うのではない。

自分のやりたいこと、やらなければいけないことなどなどを、きちんとできている生活を「かっこいい生活」と言っているのだろう。


すわなち、やることが生活の中でデザインされているかといことだと思う。

ある目標値や期待値にまで、時間や場所をきちんと定めて毎日をすごして、達成し、それを継続できているか。

それはミクロな部分からマクロな部分まで大きくあると思う。

「予定が入ったら手帳にきちんと書く」
きちんと読みやすく書く、毎日手にとるためにお気に入りの手帳を使う、

これがミクロなら、マクロは一年の計画から一生の計画、なんなら地球規模、宇宙規模の計画。


ただ今の時点で、こういう生活は、毎秒毎秒を予定というもので自分を束縛してしまっているようにも感じてしまう。

ダラリとまでは言わないまでも、なんか空虚的な自由な部分があるということはどうなんだろう。


とりあえず、ダイエットしなきゃな。
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批判的進歩主義的歴史観

僕の基本スタイルです。

進歩主義は戦前に終わったはずだったのに。
感覚としてヨーロッパは、世界における進歩主義からは少し路線をはずして、国民全体を1として、独自路線で幸福を模索している気がする。これを保守的だと言われればそうかもしれないけど、世界の中の地域主義という文脈で考えれそうな気もする。
いろんなコンテクストが同時多発的に誕生して、それを必要以上に総合せずに、1だと考えることができれば、個人の選択肢は増え、それが幸福な状態だと言えないだろうか。
この見方をすると、日本のメディアが伝える北朝鮮もある人によって幸福になり得るだろう。ま、自分はそうは思わないけどね。

そんな考え方が、歴史学では当たり前のようで。ボードレールのモダニズムはそれを時間軸上で語っていたのかなと、思弁。 でも、空間軸上ではおそらく戦後から当たり前の考え方に。。。なってたはずなんだけど。

どうも自民党にしても民主党にしてもそうではない感じも。
進歩主義万歳。もしくは現状を過去よりも進歩したと捉える感覚。

一方で、ドラマ「不毛地帯」なんかが今放送されることを思うと、マスにますますプロパガンダしているようにも思う。戦後復興をふりかえれ!あのときわれわれは進歩した!的な。
懐古主義

でも、おもしろいから毎週見てます。

この懐古主義も、過去を省みているというよりも、過去の精神論を現在の進歩主義に導入しろと言っているような。そりゃ、現在の政治経済を導いているのは、戦後復興とバブルを体験したひとたちだからね。

きっと、あの頃は、よかったんでしょう。
でも、今の世代としてはいい迷惑。僕らは僕らで生きていきたい。
「もはや戦後ではない」とだれかがうんと昔に言ったけど、自分が思うにまだ戦後。

と、根拠を示さない垂れ流し発言をしてみる。まぁ、メモです。

でも、だから、大学に進学して就職することを進歩だとは思わない。
もうちょっと別の考え方、とらえ方をしてみたいと思う今日この頃。

でもそういう僕も進歩主義傘下。 あ~悲しい。
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